ホテルからの帰り道
ホテルから店舗までの帰り道、僕たちは一言も口を聞かなかった。
特にレイが僕を無視していたわけでも、僕がレイの話に耳を傾けなかったわけでもない。
“ソウスルコト”が一番良いような気がしたのだ。僕もレイも。
雨は一段と激しさを増し、通りに水があふれそうになっていた。対向車の水しぶきを浴び、懸命に濡れた箇所を確認している女子高生もいた。
車が店舗に着くと、僕は先に車を降り、後部座席に乗っているレイの頭上に傘を差してあげた。これもデリヘルドライバーの大切な仕事だ。レイは僕にありがとうと言い、店の中に入っていった。声は普段と同じトーンだった。
僕の名は石田あきら。どこにでもいる無職でパチンコ、Vtuber中毒で場の空気が読めない普通の40歳デリヘルドライバーだ。パチ屋をクビになったため「男の風俗求人サイト」という求人サイトに載っているお店に電話を掛け、晴れてデリヘルドライバーとなった。うちのデリ嬢・レイがデリヘルをはじめた理由を聞いてみたのだが…。
興奮とざわめき
「なぁアスカ」
僕は車を駐車場に置いてから店舗に戻り、受付で忙しそうにしているアスカに声をかけた。
「なによ石田あきら。用があるなら後にして頂戴。見ての通り私は忙しくて…」
「デリヘルを始めた理由を聞くのってダメか?」
アスカの手が止まり、こちらをじろりと睨みつけた気がした。
「あんた…。それ誰に聞こうとしてるの?」
「聞こうとしているというか、さっき聞いたばかりだ」
「誰に聞いたの?」
少しばかりアスカの声のトーンが真剣みを帯びていた気がした。
「レイだ」
僕は正直にそう答えた。
はぁ。とアスカがため息をつき、自分の頭をぐしゃぐしゃと片手でかいていた。
いけない質問
「あんたってやつは、本当に」
とアスカが怒り気味に言った。
僕はこのシチュエーションにドキドキし、少し勃起していた。
「まぁ、あいつだからいいけどさぁ」
アスカは小声で何か呟いた。あいつ?
「ううん。なんでもないわよ。それにしてもあんたは本当にデリカシーがないというか、筋金いりのアホというか」
ひどい言われようだ。
「なんていうか、あんたまだここに来て一週間でしょ?そういう繊細なことを聞くのはまだ早いわよ」
「レイだから良かったものの、他の女の子だったらあなた解雇だったわね」
なんだと。そんなにまずいことだったのか。僕はひどくショックを受けた。
「いい?よく聞いて。私たちの仕事もそうだし、夜の仕事をする女の子っていうのはそれぞれ複雑な事情があるものなの。あんたのようにただお金がないだけとか、それだけじゃすまない事情を抱えている子もいるの。だからおいそれと思ったことを聞いてはだめなのよ。分かった?」
僕は分かったと答えた。勃起がばれなくて良かったとも思っていた。
しかしアスカはその、わずかな僕の異変を見逃さなかった。
「あんたそれ…」
アスカの視線が僕の股間を見ていた。また大きなため息をついていた。
「どうやったらこの状況でそうなるわけ?」
僕は何も言えなかった。そもそもこの場面で一体何が言えようか。
「あなたって本当馬鹿ね」
「一つ聞いていいか」
力なく、どうぞ。とアスカが答えた。
「なぜレイなら問題ないのだ」
頬杖を附いていた彼女がこちらにまっすぐに向き合い、見つめるような形になった。
「レイはそんなことで取り乱すような子じゃないからよ。何とも思ってないという線もあるわね」
「いや、でもホテルから帰りの車内は無言だったぞ」
意味が分からなかった。
「あんた、まだまだね」
アスカはあきれたようにため息をついた。
「レイが無言なのはいつものことじゃない」